パーソンセンタードケアとは?本人の思いを尊重する認知症ケアの実践例

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認知症の親の行動が理解できず、「どうして同じことを何度も聞くのか」「なぜ急に怒り出すのか」と戸惑うご家族は少なくありません。対応の仕方を調べても、うまくいかないことが続くと、介護する側の気持ちが消耗していきます。

この記事では、認知症ケアの基本的な考え方であるパーソンセンタードケアについて、提唱された背景、症状を理解するための5つの要素、実践の枠組みであるVIPS、家庭で取り入れられる具体的な視点をまとめました。

この記事でわかること

  • パーソンセンタードケアが生まれた背景と基本的な考え方
  • 認知症の症状に関係する5つの要素と心理的なニーズ
  • 実践の枠組み「VIPS」の4つの視点
  • 家庭で本人の思いを尊重するための具体例

パーソンセンタードケアとは

パーソンセンタードケアは、認知症の人を「症状を持つ人」としてではなく、一人の個人として捉えるケアの考え方です。パーソン・センタード・ケアと表記されることもあります。

認知症を「病気」だけで見ない考え方

パーソンセンタードケアでは、認知症の人を疾病や症状の側からだけではなく、その人の生活歴、価値観、性格、健康状態、人間関係、本人の感じ方などを踏まえて理解しようとします。サービスを提供する側の都合でケアを組み立てるのではなく、本人を中心に考えるという姿勢が基本です。

同じ認知症であっても、現れる行動や困りごとは人によって異なります。この違いを「個人差」として片づけず、その人を知る手がかりとして受け止めるのが出発点になります。

キットウッドが提唱した背景

パーソンセンタードケアは、1990年前後、イギリスの心理学者であるトム・キットウッドによって提唱されました。当時、認知症の人は「何もわからず、奇妙な行動をする人」と考えられており、ケアは業務をこなすことが中心になっていました。

そこに、人間を中心に据える姿勢を持ち込んだことが、世界の認知症ケアに大きな影響を与えたとされています。現在の認知症ケアの基本理念は、この考え方を土台にしています。

「その人らしさ」を支えるという発想

キットウッドの考え方の中心にあるのが、パーソンフッド(personhood)という概念です。認知症が進んでも、その人が周囲との関係のなかで一人の人として認められ、尊重されることを重視します。

記憶や判断力が低下しても、その人らしさが失われるわけではありません。できないことではなく、その人が積み重ねてきた暮らしや役割に目を向けることが、パーソンセンタードケアの出発点になります。

日本の認知症施策との共通点

日本では、2023年(令和5年)6月に成立し、2024年(令和6年)1月に施行された「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」に基づき、「認知症施策推進基本計画」が2024年12月3日に閣議決定されました。

基本計画では、誰もが認知症になり得ることを前提とし、認知症になってからもできることややりたいことがあるという「新しい認知症観」が示されています。パーソンセンタードケアの考え方と方向性が重なる内容です。

認知症の症状をどう理解するか

パーソンセンタードケアでは、認知症の行動や症状を、脳の障害だけでは説明しません。複数の要素が重なって現れるものとして捉えます。

5つの要素から捉える

キットウッドは、認知症の症状には次の5つの要素が密接に関係していると考えました。同じ認知症でも現れ方が違うのは、これらの要素に個人差があるためだと説明されています。

要素 内容
脳の障害 認知症の原因となる脳の変化
身体的な健康状態 痛み、感染症、脱水、服薬の影響など
生活歴 育った環境、仕事、家族関係、大切にしてきたこと
性格傾向 もともとの気質や、ものごとへの向き合い方
社会心理的な環境 住まい、まわりの人の接し方、音や光などの環境

たとえば、同じ「怒り出す」という行動でも、痛みが原因のこともあれば、慣れない環境に戸惑っていることもあります。まず体調を疑い、そのうえで生活環境や本人の気持ちに目を向けることが大切です。

心理的なニーズに目を向ける

キットウッドの理論では、認知症の人にとって次の5つの心理的なニーズが重要とされています。これらが満たされているかどうかが、落ち着きや意欲に関わると考えられています。

  • くつろぎ・安らぎ(Comfort)
  • 愛着・結びつき(Attachment)
  • 自分が自分であること(Identity)
  • たずさわること・役割を持つこと(Occupation)
  • 共にあること・参加すること(Inclusion)

「役割がない」「居場所がない」と感じることが、落ち着かなさや意欲の低下につながることがあります。手伝ってもらう側ではなく、何かを担う側になれる場面を残すことが大切です。

行動には意味があると考える

認知症をもつ人の行動は、ときに突飛に見えます。しかしパーソンセンタードケアでは、まず本人がどのような状態にあるのかを確認し、なぜその行動に至ったのか、その意味や理由を理解しようとします。

同じ行動を繰り返すときは、その直前になにがあったかを記録してみます。時間帯や場所、まわりの人の言動を並べていくと、きっかけが見えてくることがあります。

業務中心から本人中心へ

介護の現場では、決まった手順を決まった時間にこなすことが優先されがちです。パーソンセンタードケアは、その手順を守ることよりも、その人がどう過ごしたいかを中心に置く考え方です。

家庭でも同じことがいえます。予定どおりに進めることを優先しすぎると、本人の意思が置き去りになり、結果として介助に時間がかかることがあります。

実践の枠組み「VIPS」

パーソンセンタードケアを現場で活かすために、VIPSという枠組みが用いられています。

VIPSとは何か

VIPSは、パーソンセンタードケアの主要な考え方を4つの視点に整理したものです。イギリスのドーン・ブルッカーによってまとめられ、個々の職員の行動指針としてだけでなく、組織全体でケアを振り返る枠組みとしても活用されています。

家庭で介護している場合も、4つの視点で関わりを見直す手がかりになります。整理すると次のとおりです。

文字 視点 問いかけの例
V 認知症の人とケアに関わる人を価値ある存在として尊重する 本人を対等な相手として接しているか
I 一人ひとりを個別の存在として理解する その人の好きなことや習慣を知っているか
P 本人の立場・視点から理解する 本人にはどう見えているかを考えたか
S 本人を支える社会的な環境を整える まわりの条件を変えられないか

V(価値ある存在として尊重する)

Vは、認知症の人とケアに関わる人の双方を、価値ある存在として尊重することを指します。認知症になったことで、その人の価値が下がるわけではありません。介助される側と介助する側という上下の関係ではなく、対等な関係として関わることが求められます。

介護する家族自身も尊重されるべき存在です。家族が疲れ切っていると、この視点は保ちにくくなります。

I(その人らしさを知る)

Iは、一人ひとりを個別の存在として理解し、その人に合ったケアを行うことを指します。好きな食べ物、昔の仕事、毎日の習慣、苦手なことなど、本人を知る情報が多いほど、関わり方の選択肢が増えます。

家族にしか分からない情報がたくさんあります。それを書き出して、支援する人たちと共有することが実践の第一歩になります。

P(本人の立場から見る)

Pは、認知症の人本人の立場や視点から理解することを指します。まわりの人にとっては不思議に見える行動も、本人の側から見れば理由があります。

「何も分からないはず」という前提で接すると、本人の訴えは聞き流されてしまいます。まず本人が何を感じ、何を伝えようとしているのかを考えます。

S(環境を整える)

Sは、本人の力や状態を支える社会的な環境を整えることを指します。本人の努力だけに頼るのではなく、住まいや人間関係、日中の過ごし方といったまわりの条件を調整するという考え方です。

家庭では、ものの置き場所を決める、音や光を調整する、日中の活動の場を用意するといった工夫が当てはまります。本人の困りごとを本人の努力で解決しようとせず、周囲の環境を変えることがVIPSの考え方です。

家庭で実践するときのポイント

考え方は分かっても、日々の介護のなかでどう動けばよいかは迷うところです。家庭で取り組みやすい進め方をご紹介します。

その人の歴史と習慣を書き出す

まず、本人の生活歴と1日の習慣を書き出します。若いころの仕事、趣味、大切にしている物、起床や食事の時間、日課になっていることなどを、家族で出し合います。

この情報は、介護サービスを利用するときにも役立ちます。支援する人が変わっても同じ関わり方をしてもらえるよう、書き出した内容を担当のケアマネジャー(介護支援専門員)に渡しておきましょう。

できることを奪わないようにする

時間に余裕がないと、つい先回りして手を出してしまいます。本人が自分でできる動作は、時間がかかっても見守るようにします。ボタンを留める、コップを持つ、皿を運ぶといった小さな動作が自信につながります。

次の表は、よくある場面での関わり方の違いです。どちらが正しいというものではなく、本人の状態に合わせて選ぶものです。

場面 先回りしてしまう例 本人の思いを尊重する例
食事の準備 家族がすべて盛り付けて席に座らせる できる分だけ一緒に運ぶ、食器を選んでもらう
着替え 時間がないので家族が全部着せる これから着る服を選んでもらってから手を添える
入浴 決まった時間だからと急かして連れて行く 入る時間や順番を本人に決めてもらう
会話 話が通じないので返事を待たずに進める 言い終わるまで待つ、うなずいてから応じる

すぐに全部を変える必要はありません。1つの場面から始めて、本人の表情がどう変わるかを見ていくとよいでしょう。

家族の負担も尊重する

パーソンセンタードケアは、家族がすべてを引き受けることを求めるものではありません。介護する人の生活や健康も、支えられるべき対象です。

むしろ、家族が疲れていると、本人の立場に立つ余裕が失われます。介護保険のサービスや一時的な休息の仕組みを活用しながら家族の余裕を保つことも、パーソンセンタードケアの一部だと考えておきましょう。

よくある質問

Q. パーソンセンタードケアとユマニチュードは何が違いますか?

A. パーソンセンタードケアは、認知症の人を一人の個人として尊重するという考え方と、それを実践する枠組みです。ユマニチュードは、見る・話す・触れる・立つという具体的な関わりの技術としてまとめられたケア技法で、考え方と技法という違いがあります。

Q. 認知症の人の行動を変えることはできますか?

A. 行動そのものを変えることを目的にするのではなく、行動の背景にある痛みや不安、環境の要因を取り除くことで、落ち着きを取り戻しやすくなるとされています。まず本人の状態を観察し、なぜその行動に至ったのかを考えることから始めましょう。

Q. 介護する家族が疲れているときはどうすればよいですか?

A. 家族の負担を減らすこともケアの一部です。地域包括支援センターや担当のケアマネジャーに相談し、訪問介護や通所サービス、ショートステイなどを使って休息の時間を確保しましょう。家族が余裕を取り戻すことで、本人への関わり方も変わります。

まとめ

パーソンセンタードケアは、イギリスの心理学者トム・キットウッドが1990年前後に提唱した認知症ケアの考え方です。認知症を脳の障害だけで捉えず、身体の健康状態、生活歴、性格傾向、社会心理的な環境を含めた5つの要素で理解し、本人の立場に立って関わります。実践の枠組みであるVIPSは、価値ある存在として尊重すること、その人らしさを知ること、本人の視点から見ること、環境を整えることの4つの視点に整理されています。

家庭で始めるときは、まず本人の生活歴と1日の習慣を書き出すことから取り組みましょう。できる動作を先回りして奪わず、1つの場面から関わり方を変えてみます。家族が疲れていると本人の立場に立つ余裕は失われるため、介護保険のサービスを使って休息を確保することも、この考え方の一部です。書き出した情報は、担当のケアマネジャーにも共有しておくと良いでしょう。

この記事のまとめ

  • パーソンセンタードケアは本人を一人の個人として尊重する認知症ケアの考え方
  • 症状は脳の障害だけでなく健康状態・生活歴・性格・環境を含む5要素で捉える
  • 実践の枠組みVIPSは尊重・個別理解・本人の視点・環境調整の4つ
  • 家族の余裕を保つことも実践の一部で、サービス活用とセットで考える