人工呼吸器と気管挿管の違いを解説|処置内容と注意点をやさしく整理
ご家族が呼吸器の病気で入院したとき、医師から「人工呼吸器」や「気管挿管」という言葉を聞いて戸惑った経験はありませんか。どちらも呼吸に関わる医療用語ですが、実は役割がまったく異なります。人工呼吸器は呼吸そのものを助ける「装置」であり、気管挿管は空気の通り道を確保する「手技」です。この違いを理解しておくと、医療者からの説明を受けるときに安心感が増し、ケアの方針について家族で話し合う際にも役立ちます。本記事では、人工呼吸器と気管挿管それぞれの仕組みや適応、合併症と予防策までをやさしく整理しました。専門用語は初出時にかみ砕いて説明しますので、医療知識がなくても最後まで読み進められます。
人工呼吸器と気管挿管の違い
人工呼吸器と気管挿管は混同されがちですが、そもそもの役割が異なります。人工呼吸器は「呼吸を代わりに行う装置」であり、気管挿管は「その装置を体につなぐための気道確保の手技」です。両者はセットで使われることが多いものの、それぞれ独立した概念です。
ここでは、人工呼吸器と気管挿管の基本的な定義を確認し、それぞれがどのような場面で用いられるのかを見ていきます。
人工呼吸器は呼吸を代行して換気を補助する装置
人工呼吸器とは、自力での呼吸が十分にできない患者様に対し、酸素を肺へ送り込み二酸化炭素を排出する換気補助を行う医療機器です。肺に空気を押し込む陽圧換気という仕組みを使い、呼吸不全の状態を改善します。
人工呼吸器にはさまざまな換気モードが搭載されており、患者様の状態に合わせて酸素濃度や圧力、換気回数などを細かく調整できます。これにより、呼吸筋の疲労を軽減しながら、血液中の酸素と二酸化炭素のバランスを整えることが可能です。
人工呼吸器は大きく分けて、マスクを使う非侵襲的タイプと、気管にチューブを入れて接続する侵襲的タイプがあります。どちらを選ぶかは、患者様の呼吸状態や意識レベル、治療の見通しによって判断されます。
気管挿管は気道を確保する手技
気管挿管とは、口または鼻から気管内にチューブを挿入し、空気の通り道を確実に確保する医療行為を指します。主に救急現場や手術室などで、迅速に気道を開通させる必要があるときに行われます。
挿入されるチューブは気管チューブまたはETTと呼ばれ、先端にあるカフという風船状の部分を膨らませることで気管内に固定します。カフ圧は通常20〜30cmH2Oで管理され、気道からの空気漏れや胃内容物の誤嚥を防ぐ役割を果たします。
気管挿管は単独で行われることもありますが、多くの場合は人工呼吸器と組み合わせて使用されます。つまり、気管挿管は人工呼吸器を効果的に作動させるための「入り口」を作る手技といえます。
人工呼吸器は非侵襲と侵襲で使い分ける
人工呼吸器は、患者様の体にどのようにつなぐかによって大きく2種類に分かれます。体に傷をつけずにマスクで装着する非侵襲的人工呼吸と、気管挿管や気管切開を経由して接続する侵襲的人工呼吸です。
どちらを選ぶかは、呼吸不全の程度や原因、患者様の意識状態、治療期間の見通しなど複数の要素から総合的に判断されます。以下では、それぞれの特徴と適応について詳しく解説します。
非侵襲的人工呼吸の特徴と主な適応
非侵襲的人工呼吸はNPPVとも呼ばれ、専用のマスクを鼻や口に装着して陽圧をかける方法です。気管にチューブを入れないため、患者様の負担が少なく、会話や食事が可能な場合もあります。
NPPVが適応となるのは、主にCOPDの急性増悪や心原性肺水腫など、比較的軽度から中等度の呼吸不全で自発呼吸が残っているケースです。また、睡眠時無呼吸症候群に使われるCPAPも非侵襲的換気の一種で、自発呼吸に対して一定の陽圧を加えて気道の虚脱を防ぎます。
ただし、意識障害が強い場合や気道分泌物が多い場合、マスクのフィット感が得られない場合にはNPPVの効果が期待しにくく、侵襲的換気への切り替えが検討されます。
侵襲的人工呼吸の特徴と主な適応
侵襲的人工呼吸はIPPVとも呼ばれ、気管挿管または気管切開によって気道に直接チューブを留置し、人工呼吸器を接続する方法です。確実な換気が可能であり、重症の呼吸不全やARDSのように高い陽圧が必要なケースに適しています。
侵襲的換気の利点は、気道が確保されているため誤嚥のリスクが低く、分泌物の吸引が容易である点です。また、呼吸状態が不安定な患者様でも正確な換気量と酸素濃度を維持できます。
一方で、気管挿管に伴う粘膜損傷や、長期間の管理によるVAPのリスクが課題となります。VAPとは人工呼吸器関連肺炎のことで、挿管後48時間以降に発症する院内感染症です。予防には口腔ケアやカフ圧管理、定期的な体位変換が重要とされています。

人工呼吸器の代表的モードと臨床的な意味
人工呼吸器には複数の換気モードがあり、患者様の呼吸状態に合わせて選択されます。代表的なモードを理解しておくと、医療者からの説明がより理解しやすくなるでしょう。
以下の表は、よく使用される換気モードの特徴をまとめたものです。
| モード名 | 特徴 | 主な適応 |
|---|---|---|
| A/C(アシストコントロール) | 患者の吸気努力を感知して補助、自発呼吸がなければ強制換気 | 急性期の呼吸不全全般 |
| SIMV(同期間欠的強制換気) | 設定回数の強制換気と自発呼吸を組み合わせる | ウィーニング(離脱)期 |
| PSV(圧支持換気) | 自発呼吸に対して一定の圧力をかけて補助 | 自発呼吸が安定している場合 |
| CPAP | 持続的に一定の陽圧を維持し気道の開存を助ける | 睡眠時無呼吸、離脱前評価 |
| BiPAP | 吸気と呼気で異なる圧力を設定できるNPPV用モード | COPDの急性増悪など |
モードの選択は患者様の自発呼吸の有無や肺のコンプライアンス、治療目標によって異なります。例えば、急性期には確実な換気を優先してA/Cモードが選ばれ、回復期にはSIMVやPSVで徐々に自発呼吸への移行を促します。
気管挿管は短期の気道確保が目的
気管挿管は、呼吸停止や意識障害、全身麻酔などで気道が閉塞する危険があるときに行われる緊急性の高い手技です。目的は空気の通り道を確実に確保し、人工呼吸器による換気を可能にすることにあります。
一般的に気管挿管は短期間の使用が想定されており、長期間の人工呼吸管理が必要な場合には気管切開への切り替えが検討されます。ここでは、気管挿管の適応から手順、合併症、そして気管切開との違いまでを詳しく見ていきます。
気管挿管の主な適応と適応判断のポイント
気管挿管の適応は大きく分けて、気道確保が困難な場合、換気補助が必要な場合、誤嚥防止が必要な場合の3つに整理できます。救急現場では心肺停止や重症外傷、意識障害による気道閉塞などで緊急挿管が行われます。
手術室では全身麻酔中の気道管理として計画的に挿管されます。麻酔薬によって自発呼吸が抑制されるため、手術中は人工呼吸器で換気を維持し、手術終了後に抜管するのが一般的な流れです。
適応判断のポイントとしては、酸素投与やNPPVで改善しない低酸素血症、意識レベルの低下、気道分泌物の増加などが挙げられます。これらの徴候が見られたときには、速やかな気管挿管の準備が必要です。
気管挿管の準備と手順、挿管位置の確認方法
気管挿管を安全に行うためには、必要な物品をあらかじめ準備しておくことが重要です。以下は一般的な準備物品のリストです。
- 喉頭鏡(ブレードとハンドル)
- 気管チューブ(成人では内径7.0〜8.0mm程度)
- スタイレット(チューブの形状を保つ芯)
- シリンジ(カフ用)
- バッグバルブマスク
- 吸引器具
- 固定用テープまたはホルダー
- 聴診器
- カプノメーター(呼気CO2検出器)
挿管の手順としては、まず患者様の頭部を適切な位置に保ち、喉頭鏡で声門を確認してから気管チューブを挿入します。成人の経口挿管では、門歯から21〜24cm程度の深さが目安とされています。
挿管後は必ず位置確認を行います。両側の胸郭が均等に挙上するか、聴診で左右の呼吸音が同等かを確認し、カプノメーターで呼気中のCO2を検出することで気管内への正しい留置を確認します。
気管挿管に伴う合併症とその予防・対処法
気管挿管には粘膜損傷、誤嚥、片肺挿管、抜管事故などさまざまな合併症のリスクが伴います。これらを最小限に抑えるためには、適切な手技と継続的な観察が欠かせません。
以下の表は、主な合併症とその予防策をまとめたものです。
| 合併症 | 原因 | 予防・対処法 |
|---|---|---|
| 粘膜損傷 | スタイレットの飛び出し、強引な操作 | スタイレット先端をチューブ内に収める、愛護的な操作 |
| 誤嚥 | 挿管前の嘔吐、カフ不良 | 絶食管理、迅速導入気管挿管(RSI)、カフ圧管理 |
| 片肺挿管 | チューブの深すぎる挿入 | 挿入深度の確認、左右呼吸音の聴診 |
| VAP(人工呼吸器関連肺炎) | 長期挿管、口腔内細菌の流入 | 口腔ケア、頭部挙上、カフ圧20〜30cmH2O維持 |
| 気道狭窄 | カフ過膨張による粘膜虚血 | 定期的なカフ圧測定、適正圧の維持 |
特にVAPは挿管患者において頻度の高い合併症であり、予防のためには口腔ケアを1日複数回実施することや、ベッドの頭側を30〜45度挙上しておくことが推奨されています。
気管切開との違いと切り替えを検討するタイミング
気管切開とは、首の前面を切開して気管に直接穴を開け、気管カニューレを留置する手術的処置です。気管挿管が口や鼻からチューブを入れる方法であるのに対し、気管切開は頸部から直接アクセスする点が大きく異なります。
以下は気管挿管と気管切開の主な違いをまとめた表です。
| 項目 | 気管挿管 | 気管切開 |
|---|---|---|
| 侵襲性 | 中程度(チューブ挿入のみ) | 高い(外科的切開を伴う) |
| 使用期間の目安 | 短期間(通常2週間以内) | 長期間(数週間〜永続的) |
| 患者の快適性 | 口腔内の違和感が強い | 口腔が自由で会話や経口摂取がしやすい |
| 気道ケアのしやすさ | 吸引はやや困難 | 気管吸引が容易 |
| 合併症リスク | VAPリスクがやや高い | 出血・感染リスクあり |
一般的に、気管挿管の期間が10〜14日を超えると気管切開への切り替えが検討されます。これは、長期の経口・経鼻挿管による声帯損傷や気道狭窄のリスクを軽減するためです。ALSなどの進行性疾患で長期の在宅人工呼吸が必要な場合には、TPPVとして気管切開による管理が選択されることが多くなります。
まとめ
人工呼吸器と気管挿管は、どちらも呼吸に関わる医療用語ですが、その役割は明確に異なります。人工呼吸器は呼吸を補助または代行する装置であり、気管挿管はその装置を体につなぐための気道確保の手技です。両者の違いを正しく理解しておくことで、医療者からの説明を受ける際に適切な判断ができるようになります。
人工呼吸器には非侵襲的と侵襲的の2種類があり、患者様の状態に応じて使い分けられます。また、気管挿管は主に短期間の使用が想定されており、長期管理が必要な場合には気管切開への移行が検討されます。治療の選択肢を理解し、ご本人やご家族の希望を医療チームに伝えることが、より良いケアにつながります。
