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2025.10.25

「胃ろう」とは|知っておきたい“命をつなぐ選択”

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胃ろうは、口から食事を摂取することが困難になった患者さんに対して、お腹の表面から胃に直接栄養を送る医療処置です。特に高齢者や嚥下障害のある方にとって、安全で確実な栄養確保の手段として広く活用されています。しかし、胃ろうを検討する上で多くの方が「本当に必要なのか」「手術は安全なのか」「日常生活はどう変わるのか」といった不安を抱えていらっしゃるのではないでしょうか。

この記事では、胃ろうの基本的な仕組みから手術方法、日常ケア、メリット・デメリットまで分かりやすく解説いたします。

胃ろうの基本的な仕組みを理解しよう

胃ろうとは、正式には「胃瘻」と書き、腹壁から胃に直接チューブやカテーテルを通して栄養を送る医療処置のことです。この処置により、口から食事を摂取することが困難な方でも、安全かつ確実に栄養や水分を補給することができます。

胃ろうは1980年代から普及が始まり、現在では年間約20万件の手術が行われている一般的な医療処置となっています。経鼻経管栄養と比較して患者さんの身体的・精神的負担が少なく、誤嚥性肺炎のリスクを大幅に軽減できることから、多くの医療現場で選択されています。

胃ろうの基本構造

胃ろうは、お腹の皮膚と胃壁を貫通する小さな穴(瘻孔)と、その穴に挿入されるカテーテルから構成されています。カテーテルには胃内で抜けにくくするための仕組みが備わっており、外側からは栄養剤や薬剤を注入できる構造になっています。

この構造により、口から摂取した食事と同様に、胃を通って腸で吸収される自然な消化過程を維持することができます。また、必要に応じて経口摂取と併用することも可能で、リハビリテーションを進めながら段階的に口から食事を摂取する訓練も行えます。

胃ろうと他の栄養補給方法との違い

胃ろう以外の栄養補給方法として経鼻経管栄養や中心静脈栄養があります。経鼻経管栄養は鼻からチューブを挿入する方法ですが、チューブが見えることによる精神的負担や、誤嚥のリスクが高いという課題があります。

胃ろうの最大の特徴は、チューブが外から見えにくく患者さんの尊厳を保ちながら安全な栄養管理ができることです。また、腸ろうという選択肢もありますが、胃ろうの方が手術が簡単で胃酸による殺菌効果も期待できるため、より安全性が高いとされています。

胃ろうの目的と適応となるケース

胃ろうの主な目的は、安全で確実な栄養管理の実現です。口から食事を摂取することが困難になった方に対して、誤嚥性肺炎のリスクを避けながら必要な栄養を確保し、生活の質の向上を図ることが最大の目標となります。

また、胃ろうは単なる延命処置ではなく、積極的な治療やリハビリテーションを支援する医療手段でもあります。適切な栄養管理により体力を維持し、機能回復訓練や社会復帰を目指すための基盤を提供する重要な役割を担っています。

嚥下障害による誤嚥のリスク

最も多い適応理由は、嚥下障害による誤嚥性肺炎のリスクです。脳卒中後遺症、認知症の進行、パーキンソン病などの神経疾患により、食べ物や液体を安全に飲み込む機能が低下した場合に胃ろうが検討されます。

誤嚥性肺炎は高齢者の死因の上位を占める深刻な疾患であり、胃ろうによってこのリスクを大幅に軽減することができます。特に、繰り返し誤嚥性肺炎を起こしている方や、嚥下機能の回復が困難と判断される場合には、胃ろうが有効な選択肢となります。

疾患による摂食困難

がんや消化器疾患により口腔や食道に障害がある場合、一時的または長期的に経口摂取が困難になることがあります。このような場合も胃ろうの適応となります。特に、放射線治療や化学療法による口腔粘膜炎で食事摂取が困難な場合には、治療を継続しながら栄養状態を維持するために胃ろうが選択されることがあります。

また、先天性疾患や小児の発達障害により、長期間にわたって経口摂取が困難な場合にも胃ろうが適用されます。これらのケースでは、成長発達を支援し、生活の質を向上させる目的で胃ろうが活用されています。

意識障害や認知機能の低下

重度の意識障害や認知症の進行により、自力での食事摂取が困難になった場合も胃ろうの適応となります。ただし、これらのケースでは、ご本人の意思や価値観、ご家族の希望を十分に考慮した慎重な検討が必要です。

近年では、認知症の方への胃ろう造設については、その方の生活史や価値観を重視したアドバンス・ケア・プランニングの考え方が重要視されています。単に延命を図るだけでなく、その方らしい最期を迎えるための選択肢の一つとして位置づけられています。

胃ろう手術の方法と流れ

胃ろう手術は、正式には「経皮内視鏡的胃瘻造設術(PEG:Percutaneous Endoscopic Gastrostomy)」と呼ばれる手術です。内視鏡を使用して行われる低侵襲な手術で、局所麻酔で実施されるため、患者さんの身体への負担が比較的少ないのが特徴です。

手術時間は約15~30分程度と短時間で、手術の成功率は95%以上と高い安全性を誇っています。ただし、全身状態や胃の状態によっては適応外となる場合もあるため、事前の十分な検査と評価が重要になります。

術前の準備と検査

胃ろう手術を行う前には、患者さんの全身状態を詳しく評価する必要があります。血液検査、心電図、胸部レントゲン、腹部CT検査などを実施し、手術に耐えられる状態かどうかを確認します。また、胃内視鏡検査により胃の状態を確認し、胃ろう造設に適した部位を決定します。

抗血栓薬を服用している場合は、主治医と相談の上、一時的に中止することがあります。また、手術前日からの絶食や、手術当日の点滴準備など、安全な手術実施のための準備が行われます。

術後の管理と入院期間

手術後は通常1~2週間の入院期間が必要です。術後24~48時間は絶食とし、胃ろう部位の炎症や感染の有無を観察します。問題がなければ、少量の水分から開始し、段階的に栄養剤の注入量を増やしていきます。

退院前には、患者さんやご家族に対して胃ろうケアの指導を行い、在宅での管理方法について詳しく説明します。また、定期的な外来通院スケジュールを決定し、継続的なフォローアップ体制を整えます。

胃ろうの種類とカテーテルの選択

胃ろうには様々な種類のカテーテルがあり、患者さんの状態や生活スタイル、介護環境に応じて最適なものを選択します。主にカテーテルの固定方法や形状、材質によって分類され、それぞれに特徴とメリット・デメリットがあります。

適切なカテーテル選択により、患者さんの快適性や介護負担の軽減、合併症の予防など、様々な面での改善が期待できます。また、必要に応じてカテーテルの交換も可能で、状況の変化に応じて最適な選択を継続することができます。

バルーン型とバンパー型の違い

バルーン型カテーテルは、胃内でバルーンを膨らませることで抜けにくくする構造です。比較的交換が簡単で、在宅医療や介護施設でも看護師による交換が可能な場合があります。ただし、バルーンが破損した場合には緊急で交換が必要になることがあります。

バンパー型カテーテルは、胃内で傘状の部品(バンパー)により固定される構造です。バンパー型の方が抜去のリスクが低く、長期間安定して使用できるという特徴があります。ただし、交換には内視鏡が必要な場合が多く、医療機関での処置が必要になります。

ボタン型とチューブ型の特徴

ボタン型カテーテルは、腹壁の表面がボタン状になっており、見た目がすっきりしていて日常生活への影響が少ないのが特徴です。入浴時の管理も比較的簡単で、活動的な患者さんに適しています。栄養注入時には専用のチューブを接続して使用します。

チューブ型カテーテルは、常時チューブが外に出ている形状で、栄養注入が簡単に行えます。介護度の高い方や、頻繁に栄養注入を行う場合に適していますが、チューブが邪魔になったり、誤って引っ張られるリスクがあります。

カテーテルの交換時期と管理

カテーテルの交換時期は、種類や使用状況により異なりますが、一般的に3~6か月程度です。バルーン型の場合は定期的なバルーン水の交換も必要になります。劣化や破損の兆候がある場合には、予定よりも早めに交換することがあります。

日常的なカテーテル管理では、清潔保持と観察が重要です。胃ろう部位の発赤や腫脹、分泌物の異常、カテーテルの位置ずれなどがないか定期的に確認し、異常があれば速やかに医療機関に相談する必要があります。

胃ろうのメリットとデメリット

胃ろうには多くのメリットがある一方で、デメリットや注意点も存在します。これらを正しく理解し、患者さんの状態やご家族の状況を総合的に考慮して選択することが重要です。また、胃ろうは永続的な処置ではなく、状況に応じて中止や他の方法への変更も可能なものです。

胃ろうの主要なメリット

胃ろうの最大のメリットは、誤嚥性肺炎のリスクを大幅に軽減できることです。経鼻経管栄養と比較して、誤嚥のリスクが約10分の1に減少するという報告もあります。また、安全で確実な栄養管理により、患者さんの栄養状態の改善と体力維持が可能になります。

胃ろうにより身体的・精神的負担が軽減されることで、リハビリテーションに集中できる環境が整い、機能回復の可能性が高まります。また、チューブが外から見えにくいことで患者さんの尊厳が保たれ、社会参加や外出もしやすくなります。

介護するご家族にとっても、食事介助の負担軽減や、誤嚥の不安から解放されることで、精神的ゆとりが生まれます。また、栄養管理が確実になることで、患者さんの体調が安定し、介護計画も立てやすくなります。

考慮すべきデメリットと課題

胃ろうのデメリットとして、手術に伴うリスクがあります。全身麻酔は不要ですが、出血、感染、胃壁損傷などの合併症が起こる可能性があります。また、高齢者や重篤な基礎疾患のある方では、手術自体が身体に負担となる場合があります。

日常的な管理面では、胃ろう部位の感染や肉芽形成、カテーテルの閉塞や抜去などのトラブルが発生する可能性があります。これらの問題が起きた場合には、迅速な対応と医療機関での処置が必要になることがあります。

また、口から食事を摂取する機会が減ることで、口腔機能の低下や味覚の変化が起こる可能性があります。このため、胃ろうを選択した場合でも、可能な範囲での口腔ケアや嚥下訓練の継続が重要になります。

生活の質への影響

胃ろうが生活の質に与える影響は、患者さんの状態や価値観により大きく異なります。適切に管理された胃ろうにより、栄養状態が改善し活動性が向上する方もいれば、食事の楽しみを失うことで生きがいを感じられなくなる方もいます。

ご家族にとっては、介護負担の軽減によりご家族時間の質が向上する場合がある一方で、胃ろうを選択したことへの罪悪感や、人工的な栄養管理への不安を抱える場合もあります。これらの気持ちは自然なものであり、医療チームとの継続的な相談と支援が必要です。

日常ケアと管理方法

胃ろうの日常ケアは、患者さんの安全と快適性を保つために非常に重要です。適切なケアにより、感染や合併症のリスクを最小限に抑え、長期間にわたって安全に胃ろうを使用することができます。また、ご家族や介護者が正しいケア方法を習得することで、在宅での安心した生活が可能になります。

日常ケアには、胃ろう部位の清潔保持、栄養剤の注入方法、カテーテルの管理、トラブル時の対応など、様々な要素が含まれます。これらのケアは決して難しいものではありませんが、正確な手技と継続的な観察が重要になります。

胃ろう部位の清潔管理

胃ろう部位の清潔管理は、感染予防の基本となります。毎日、または入浴時にぬるま湯と中性洗剤で優しく洗浄し、清潔なタオルで水分を拭き取ります。刺激の強い消毒薬は皮膚炎を起こす可能性があるため、通常は使用しません。

胃ろう周囲の皮膚に発赤、腫脹、分泌物、痛み、発熱などの感染兆候がないか毎日観察します。異常を発見した場合には、速やかに主治医や訪問看護師に相談し、適切な処置を受けることが重要です。

栄養剤の注入方法と注意点

栄養剤の注入は、医師の指示に従って決められた量とスケジュールで行います。注入前には手洗いを徹底し、注入器具の清潔を保ちます。急激な注入は胃の負担となるため、ゆっくりと時間をかけて注入することが大切です。

注入後は少量の白湯でチューブ内を洗浄し、詰まりを防ぎます。また、注入中は患者さんの体位に注意し、頭部をやや高くして逆流を防ぎます。注入中や注入後に嘔吐、腹痛、下痢などの症状が現れた場合には、注入を中止して医師に相談します。

口腔ケアの重要性

胃ろうを使用していても口腔ケアは非常に重要です。口腔内の細菌繁殖を防ぎ、誤嚥性肺炎のリスクを軽減するため、毎日の口腔清拭や歯磨きを継続します。また、可能であれば歯科医師や歯科衛生士による専門的な口腔ケアを定期的に受けることをお勧めします。

口腔機能の維持のため、可能な範囲での嚥下訓練や口腔体操も有効です。これらの取り組みにより、将来的に経口摂取を再開できる可能性を保つことができます。

ご家族と介護をする方が知っておくべきポイント

胃ろうを選択した場合、ご家族や介護者の理解と協力が不可欠です。適切な知識を持ち、日常的な観察とケアを行うことで、患者さんが安全で快適な生活を送ることができます。また、緊急時の対応方法を理解しておくことで、トラブル発生時にも冷静に対処することができます。

ご家族の心理的負担を軽減するためには、医療チームとの連携と定期的な相談が重要です。不安や疑問があれば遠慮なく相談し、必要に応じて訪問看護や介護サービスなどの社会資源を活用することをお勧めします。

緊急時の対応と判断基準

胃ろうに関連する緊急事態として、カテーテルの抜去、閉塞、周囲の感染、出血などがあります。カテーテルが抜けた場合は、瘻孔の閉鎖を防ぐため速やかに医療機関を受診する必要があります。通常、抜去後6時間以内であれば再挿入が可能です。

緊急受診が必要な症状として、発熱、激しい腹痛、大量の出血、嘔吐が続く場合、カテーテルが完全に抜けた場合などがあります。これらの症状が現れた場合には、迷わず救急外来を受診するか、主治医に連絡を取ることが重要です。

定期的な医療機関での確認事項

定期的な外来受診では、胃ろう部位の状態確認、カテーテルの機能検査、栄養状態の評価などを行います。また、患者さんの全身状態の変化に応じて、栄養処方の調整や薬剤投与方法の見直しも行われます。

受診時には、日常の気づきや心配事を積極的に相談しましょう。些細なことでも医療者にとっては重要な情報となります。また、ケア方法に不安がある場合は、再度指導を受けることも可能です。

社会資源の活用と支援体制

在宅での胃ろう管理には、訪問看護、かかりつけ医、薬剤師、栄養士などの多職種連携が重要です。また、介護保険サービスを活用することで、ご家族の負担軽減と患者さんの生活の質向上を図ることができます。

地域の患者会や支援団体への参加により、同じ悩みを持つご家族との情報交換や精神的支援を得ることも可能です。一人で抱え込まず、様々な支援を積極的に活用することをお勧めします。

まとめ

胃ろうは、口から食事を摂取することが困難になった方に対する重要な医療選択肢の一つです。誤嚥性肺炎のリスクを軽減し、安全で確実な栄養管理を可能にすることで、患者さんの生活の質向上とご家族の負担軽減に大きく貢献します。

手術は比較的安全で短時間に行われますが、適応の判断や術後の管理には専門的な知識と継続的なケアが必要です。日常的な清潔管理や栄養剤の注入、緊急時の対応など、ご家族や介護者の理解と協力が胃ろうの成功には不可欠です。

胃ろうを選択する際は、患者さんご本人の意思や価値観を最優先に考慮し、医療チームと十分に相談した上で決定することが重要です。また、選択後も定期的な見直しを行い、状況の変化に応じて最適な治療方針を継続していくことが大切です。